レンに殴られたマナを、要は自分が殴られたような顔をして治療をする。「痛かったよなぁ」なんて、本当に痛そうな顔をして。 暴力は痛いけれど、痛くは無かった。だってレンは理由無く暴力を振るうわけではない。沢山触ってくれる、名前を呼んで、愛してると躊躇なく欲しい言葉を降らせてくれる。痛いことすら、多忙な兄に構って貰えて嬉しかった。 思ったままの気持ちを要に話したら、要は泣いてしまったから、もう要には言えない。異常だと分かっているけれど、どうしても、要の普通には沿えないのだ。 要の優しさは不器用で難しい。分かりやすい決定的な優しさでなければマナには分からない。要の優しさじゃ、物足りない。また泣いちゃうから、要には言えない。 「痛かったらごめんな」 真剣な顔をして絆創膏を貼る要を、これ以上悲しませたくはなかった。 大きなベッドでうとうとしていると、濃い煙草の匂いが鼻をついた。レンだ。反射のように起きると、レンはゆっくりとマナに気付いた。 「おかえり」 「なんだよ、起きてたのか」 ベッドに座り、ふわふわと跳ね回るマナの髪を無造作にかき混ぜ、レンは煙草に火をつけた。 煙草から、要の匂いがする。また要から貰ってきたやつなのかな。 レンの匂いはいつも変わる。煙草の銘柄を決めていない上に、いつも煙草を貰っているから、その匂いで誰と会っていたのか直ぐに分かる。それに、女の人と遊んだ後も、女の人のキツイ香りがする。 その匂いの機微を勝手に感知する鼻が憎い。勝手に働く想像力でマナの心がすうっと冷えていった。今日はでもまだ、マシだ。女の人の匂いより、レンを疲れさせる人達の匂いがするから。 レンは煙草を灰皿で消すと、マナの隣に寝転んだ。下着しか着けていない兄の体は、少し冷えていた。 「きょう、何してたの」 「色々」 「色々って?」 「お前に言っても分からねぇ」 「分かるよ。教えて」 「しつこい」 マナに背を向けるように、レンは寝返りを打った。 拒絶を示す態度に、マナの心が波立つ。今日初めての会話がこれだけなんて寂しすぎる。もっと、もっと話してよ。声が聞きたいだけなのに。しかしマナの気持ちは、態度はレンを逆撫でするだけだった。ねえねえと五月蝿く、不用意に肌に触れるマナの生温い手のひらや、背中をくすぐる髪の毛は蝿が飛ぶよりも煩わしい。 「喋んな」 重力のまま振り下ろされた拳が、マナの頬を打った。破裂音と共にマナが止まり、動かなくなった。背中へ感じていた手のひらが離れる。 蝿を殺した後と同じ気持ちで、レンは寝返りを打ち、目に涙を溜めるマナを見た。殴っても、蹴っても、黙れと言えば黙って殴られるし蹴られる。従順に命令に従う妹の哀れな姿は当然の姿だった。 「マナ」 怯えた目で見上げてくる妹を引き寄せる。泣いているせいか、体温が高い。生温く鬱陶しかった体温が、少しだけマシになった。ふわふわと好き勝手に体をくすぐる髪の毛を分け、耳を探り出す。耳まで熱い。薄い耳たぶをなぞり、首筋に手を這わせると、マナは体を震わせ、息を、涙を飲み込んだ。マナの、声を抑え震えた息が、レンとの体の隙間を埋める。 「おやすみマナ」 額にかかる前髪を避けた先にキスをすると、マナは「おやすみなさい」と震える声で答え、布団の上に無造作に投げ出されたレンの指に指を絡めた。 殴られた頬は変わらず熱を持っていて、もしかしたら明日痣になってしまうかもしれない。そしたら、要はまた顔を歪めて手当てをしてくれるだろう。それを見ても、レンは毛ほども興味を示さないだろう。容易に想像できる。要はただただ、優しい。 要は優しい。 それでも、 さっき躊躇無く殴った手と同じでも、今マナの指を握り返してくれる太い指の優しさに安心してマナは目を閉じた。 |