誕生日にふられるなんて最低のプレゼントをもらった。 「別れた。慰めて」 そんな言葉を店の場所と一緒に伝え、相手の返事も聞かずに電話を切る。 断られる自信はあった。それでも糸を切られた人形のような私は誰かにすがりたかった。 呼ぶのは女友達でも良かった。それでも彼にかけてしまったのは、着信履歴の一番上に名前があったからかもしれないし、よくお姉ちゃんの別れ話の愚痴を聞いているといつか言っていたのを思い出したからかもしれない。 零れる涙をそのままに机にうつ伏せた。グラスの氷がこりんとなり、それがすべて溶けて水滴を落とすまで、ただ涙を流し続けていた。 「はー、何やってんだよ。お前」 空いていた前の座席からどすんと少し乱暴に座る音がして。同時に聞こえた声に顔を上げると、そこには確かに自分が呼びだした本人がいて。 「…そ、た。なんで」 「は?お前が呼びだしたんだろ。慰めてなんてどこのテレクラかと思ったっつーの」 あーあ、目腫らして。真っ赤じゃん 来てくれるなんて思わなかった。呼びだした本人が言うことじゃないだろうけど、でも。まさか。 じわじわ溜まってくる涙を見て、ぼやける視界の中で颯太がぎょっとした顔をしたのが分かる。 「ごめ…颯太が来てくれて、なんか、ほっとして…」 「ったく、何も頼まずにずっといたんだろ。何か頼めば?その様子じゃ何も食ってないんだろ」 「…お腹減ってない」 「じゃあ何か飲め。そんだけ泣いてたら体の水分なくなって死ぬぞ」 うん、と鼻をすすりながら頷くと颯太は呆れたような困ったような顔をした。しょーがないやつだなってそんな顔。 「で?」 アイスコーヒーが2人分テーブルに置かれて、たっぷり呼吸3回分の後颯太が尋ねる。 「別れたのか?あの、大学生の彼氏と?」 「いきなり呼びだされたかと思ったら別れ話でさ。嫌になっちゃう。…別に好きな人が出来たんだって」 淡々とあったことを話す私に颯太はただそうかと呟いて。 千鶴別れよう。あの人は私が大好きだった穏やかな声でそう言った。 好きな子が出来たんだ。だから別れて欲しいとそう言った。私を好きだと言った彼の口から好きな人が出来たと言ったんだ。 足元が崩れたような感覚。そんな中で体中の体温が下がっていくような音を聞いた気がする。それはきっとこれまでの彼への思いが覚めて行く音だったんだ。 何を言っても無駄だと分かった瞬間、もういいと彼に言い放っていた私がいた。 さようなら、と飲んでいた飲み物代を机の上に置いて、顔も見たくないという風にその場から立ち去った。 あんなに好きだったはずなのに、コインを裏返すよりも簡単に私はあの人に別れを告げていた。彼との間に愛なんて始めからなかったのかもしれないとさえ錯覚を覚えるくらい簡単に。 「ほら」と颯太が手渡したのはポケットティッシュ。訳が分からないといった顔をしたのだろう。颯太が呆れたように「涙、拭けよ」と言った。 どうやら私はまた泣いていたらしい。あんなに泣いたのにまだ溢れてくる涙。 「あーもう、しょうがねぇな。好きなやつ頼めよ。今日井之上誕生日なんだろ。おごってやるから」 デザートのページを開いたメニューを颯太は押しつけてくる。 「…太るよ」 「ろうそくもクラッカーもないけど、お祝いくらいさせろって。可哀相なふられ女に」 茶化すように言った颯太に酷い!と言いながらティッシュで涙を拭く。 失恋の痛みは涙と共に消えていて。今は目の前のデザートのページに夢中になっている。 女なんて現金なものだと思う。最低の誕生日も甘いデザートが加われば、大切な誕生日に変わってしまう。 颯太ありがとう。そう心の中で呟いて、運ばれてくるデザートを想像しながら勢いよくボタンを押した。 |