真雪さんより玲二と真梨香。


 桜の傍に佇むその姿を見たとき、あまりの儚さに息が詰まった。
 はらはらと舞う花びらを受け止めるように、闇夜にぼうっと白い腕を浮かばせていた真梨香がゆっくりとこちらを向く。
 「玲二だ。今日は手術じゃないんだね。」
 浮かべる微笑は心なしいつもより穏やかに見える。
 「患者はお前で最後だ。春といってもこの時間帯はまだ冷える、外に出るならちゃんと上着を羽織れ。前にもそう言っただろう。」
 「そうだね、忘れてた。」
 うるさい、黙って、あんたに関係ない。
 剣呑な声も粗雑な言葉も、今日は飛んでこない。霞むほど細い指先に落ちて来た薄紅を触れさせては、掴むことなく見送る。ただ、その動作を繰り返していた。
 「あと一年って言ったよね、玲二。夏休みが始まったばっかりの日。蝉が凄く五月蝿くて、あんまり暑いから私は髪をひとつに結ってた。で、ほとんど下着だったから玲二に叱られて、煙草を取り上げられた。」
 名前を呼んでおきながら、返事など求めていないように真梨香は続ける。
 「あと二…三ヶ月?あっという間だ。」
 一歩、二歩と踏みしめるように桜との距離を縮める。巻かれた包帯を覆い尽くすほど伸びた黒髪に、まとわりつくように花びらが降っていた。
 「事務だって言ったよね、玲二。私の診察や面倒は、全部。」
 「…そうだな。」
 真梨香は手を伸ばして幹に触れると、縋るように頬をつけた。薄く開いた瞳だけで、俺を見据える。
 「この下がいいな。狭いところは嫌いじゃないけど、東本の名前なんかに埋まりたくない。ねえ玲二、ここに埋めてよ。」
 私が死んだら。灰になったら。
 そう言葉が紡がれる前に、強く腕を引く。
 「…なに?」
 「包帯が外れている。」
 桜を払い、無理矢理大木から距離を取る。不満そうな足取りではあったが、痛いとも離せとも言わなかった。
 「まだ包帯、しなきゃだめなの。」
 「子どものようなことを言うな、お前は。ちっとも変わってない。」
 そのまま変わらなければ良かった。少しも冷静になれないまま、俺を睨んで、あからさまに拒絶して、その上で名前を呼ぶような、自分勝手な子どもでいてくれたら、そんな冷静な瞳を見ることもなかった。
 「あーあ、散っちゃう。」
 ひどく幼い口調で呟く真梨香を横目に、包帯を結び直す。本当は、夜風に攫われてしまわないように、皮膚の色が変わるほど、きつく結んでしまいたかった。