「…そーね」 僕の愛用のソファに体を投げていた男が、僕の言葉を聞いて小さく笑った。 ほんの少しうんざりしているように見えたのは気の所為だろうか。 いつもの人を食ったような笑い方ではなく、吐き捨てるような笑い方。 つい先日、うるさい学年主任に決まりの嫌味を言われてた同僚の教師が、僕の方を見た時こんな笑顔だった気がする。 そうか。…やはり彼はうんざりしているのだ。 恐らく今僕が投げかけた質問を、彼は今日だけで何度も受けていたのかも知れない。 「今日、誕生日らしいね?」 僕が聞いた質問はたったこれだけだったのだが、どうやら彼に答える意志はないようだ。 「電話が鳴りっぱなしで、もうこれ今日は使えねぇよ」 大きな手の中に包まれている最新式のスマートフォンを、彼はソファにぽいっと投げた。 急ぎの用事なんかねぇから良いけど、と誰に言うでも無くぽつりと付け足す。 投げ捨てられたそれは、今こうして話している間も着信を報せる明かりが途切れないまま。 彼はソファの上で寝転がったまま長い足を組み替えた。その足の長さと言ったらまるで節足動物だ。 携帯の方には一度も視線を送らないまま、男はふぅとため息を吐く。 年に1度のお祝いが、どうやら彼に取ってはただの厄日らしい。 可哀想だなと一瞬思いかけたが、普段色んな人間にちょっかいを出して狂わせた結果なのだと気付いた時、僅かな同情心も消えた。 それにしても、この気紛れで浮気性の男の生まれた日を祝いたい、ほんの少しでも良いから共有したいと言う人間が、携帯を麻痺させるほど居るのか。 羨ましいような、そうでもないような。 「…電話、出てあげれば?そしたら時期に鳴り止むよ」 「朝から何件相手したと思ってんだ。もう面倒臭え」 そろそろ昼過ぎになろうとしているが、その間も電話は1度も休むことなく鳴り続けているらしい。 それにしても、…それにしてもさ。 心底うざったそうにしている彼を見て、何故か僕の腹が立ってきた。 君の電話を必死にノックしている人たちは、たった一言君に「おめでとう」と伝えたいだけなんだろう。 そんなに無下にしなくたって良いじゃないか。そりゃ…僕には関係無いけどさ。 僕が彼の誕生日を知ったのはついさっき、今朝だ。 彼によく似た彼の妹が、いそいそとケーキやプレゼントをラッピングしているのを見た。 ケーキの上に乗ってた『HAPPY BIRTHDAY REN』の文字に気付かなければ恐らく知る事は無かっただろう。 彼女は両手いっぱいに荷物を持ってこの家を出た。「今日は遅くなるかも」と笑って。 今頃マンションに居るのだろうか。まさか入れ違いに彼が此処に来ているとは夢にも思っていないだろう。 彼女の気持ちもまた、無下にされるかも知れない。そう思うとやりきれなくなった。 ねぇレン君。早く帰ってあげなよ。あの子は君が生まれてきた日を精いっぱい祝いたいんだよ。 そう言ってやりたいが、恐らくそれは…逆効果なんだろうな。 彼に取っては妹の好意も今はただ鬱陶しいだけのものなのだろう。 僕の家にこうやって逃げてきたのも、恐らくそういったもの全てが鬱陶しくなったからに違いない。 僕達の仲は決して良好ではない。誕生日すら知らなかったほどなのだ。 だが今の彼にはそれが心地良いらしい。僕が君の生まれてきた日を祝う筈など無いから。 「…ああ」 …成程。じゃあ少し意地悪をしてみようか。誰も得しない、楽しくもない気紛れないたずらを。 僕はにこりと笑った。 「…おめでとう」 「…は?」 「誕生日、おめでとう。レン君」 明確な悪意と、祝福。 「…どーも」 僕の言葉で呆れたように男が笑ったのを見て、あと少しだけこの部屋に居る事を許してあげようという気になった。 叫び疲れた携帯の電源はとっくに落ちてしまっている。 おわり |