「…なんだ、これ。」 いつかこんな日がくることを、私はどこかで知っていたのかもしれない。だから襟元を乱されても、平然とした表情を保つことができるのだ。 「こないだの雨の日チャラ男か?」 「違うよ、小日向くんはただのクラスメイトだって何回も説明したじゃない。あのとき一緒にいたのは偶然。じゃなきゃ要に迎えなんて頼まないよ。」 声が冷たくなるのが自分でも分かる。本音を言うなら、こんな日なんてこないで欲しかった。知らないでいて欲しかった。 「じゃあ誰だっつーんだよ!嫁入り前の身体にこんなもんつける馬鹿男は!連れて来いよ今ここに!」 鎖骨の少し下に生々しくつけられた赤い痣は、昨日の夜に昭仁の家でつけられたものだ。こんな子供染みた束縛を望むあたり、私が成長したのは身体だけなのかもしれない。 「私がつけてって言ったんだよ。」 要、そんな顔しないで。ちゃんと怒ってる顔保ってて。 「私から、ここにつけてって、おねだりしたの。」 今、私はわざと、貴方を傷つける言葉を選んでる。 「それとも要は、女の人にこんなことしたこと、ない?」 泣きそうな顔なんてしないで。もう、昔みたいに抱きついて慰めたりできないんだよ。 抱き締めても殴られても、きっと満たされることなんて有り得ない私たちの関係は、五年の月日を経てどんな形をしているのだろう。 「…帰る。」 思い返していたわるように私の襟をそっと離して立ち上がり、駆け出すことを堪えているのがありありと分かる足取り出て行く。その背中を見送ることなく、乱れた胸元のまま目を伏せた。 声に成らなかった想いの欠片は、貴方が口元に携える煙草のように長い時間をかけて燃え尽きる。余燼も香りも残さない、その潔さが痛ましかった。 |