「女の子は美しく生きなければなりませんよ、マナちゃん。理由は簡単、幸せになり易いからです。」 蛍と二人きりでご飯を食べたのは何回もあったけれど、ぐつぐつと目に見えて幸福な音を立てながら鍋をした日を、何故だかひどく鮮明に覚えていた。 「好き嫌いもいけません。絶世の美女に生まれても、綺麗にお食事ができなければ全てが台無しになってしまいますからね。マナちゃんはレンさんそっくりで別嬪さんですから、殿方とお食事する機会もたくさんあるでしょうし。」 文字通りにっこりと笑う、蛍の笑顔が好きだった。初めて生理がきて、誰にも言えなかったときも蛍が気づいてくれた。他の同級生よりも早くに膨らんだ胸をどう対処したらいいか分からず、戸惑っている私を優しく慰めてくれたのも蛍だった。 「人と違うことはいけないことではありませんよ。現代の日本において、個性はとても尊いものです。」 レンも要も大好きだけど、五年前の私は蛍にしか聞けないことばかりに困らされていたのだ。 「蛍、あのね。」 「どうしました、マナちゃん。」 湯気の向こうで灰汁を掬いながら、蛍はいつもの微笑みを浮かべていた。 「人を好きになるって、どういうことだと思う?」 「あらあら、マナちゃんは好きな人ができたのですか?お赤飯炊かないと。」 私の器に野菜を多めによそって、蛍は緩やかな口調で答えた。 「そうじゃなくて、なんか、どういうものなのかなって。蛍は、人を好きになったことある?」 熱いですから気をつけてくださいね、そう言って差し出された器を両手で受け取る。あの頃は今より好き嫌いが多くて、お肉と、野菜と、きのこと、たくさんのものが煮詰まった匂いに安心するよりも先に、全部食べきれるかな、と不安がよぎった。 「そうですね。世の中には恋愛だけではなく様々な形の『好き』がありますから、一重に語るのは難しいですね。」 蒸気で曇った眼鏡を外し、蛍はハンカチを取り出して拭った。誰に教えられなくても、その動作を優雅と評することを私は知っていた。 「私がマナちゃんに対する感情も『好き』で間違いはありませんよ。マナちゃんは、私のことが好きですか?」 「うん、大好き。蛍もレンも要も、みんな大好きだよ。」 眼鏡を掛け直して、蛍はさっきよりちょっと嬉しそうに笑った。 「有難う御座います。それで、私たちの誰かを思うとき、マナちゃんはどんな気持ちになりますか?自然に頬が緩んだりとか、誰かに自慢したくなったりとか。」 「うーん…。」 今日は要がいないから、熱いものは自分で冷ますしかない。ふー、ふー、と息を吹きかけてから口に運ぶと、じわりと旨味が広がった。 「あ、分かった。」 同じように箸を動かしていた蛍が目線を上げ、微笑みを絶やさずに私の答えを待った。 「あのね、お鍋のときみたい。ほんわかしてね、あったかくてね、幸せになるの。」 「よくできました。マナちゃん、それはとても簡素だけど、大事なことなのです。大人になるにつれて、シンプルで重要なことほど湾曲してしまいがちですから。どうか、忘れないで下さいね。」 「うん!蛍、大好きだよ。」 「私も大好きですよ、マナちゃん。」 どれほど月日が流れても、あの食卓はきっと記憶の片隅には入らないのだろう。あれから五年が経って、私はレンや要に対するものとは全く違う、蛍が教えてくれた『好き』とも少しだけ違う『好き』を覚えた。 「城崎さん、ご飯食べる?今日は冷えるから、鍋にしたんだけど。」 「…うん、食べる。有難う、昭仁。」 「どういたしまして。どうしたの、口元、笑ってるよ。」 「ううん、なんでもないの。」 いつか機会があれば、蛍の初恋の話も、聞いてみようと思う。 |