キスのときは絶対に目を開けないこと。初めて一緒に夜を過ごした日、新菜が出した条件はそれだけだった。 「震えてる。真梨香、寒い?」 「そんなことないよ、新菜あったかいもん。緊張してるだけ。」 「ふふ、私も。」 嘘だ、と思った。口には出さず、柔らかい黒髪に手を入れる。一番初めは確か、上にのったのは私の方だった。新菜が下から手を伸ばし、頬、首筋、胸元とたどる端正な指に思考回路が急速に輪郭を失っていく。 「もしもさ、新菜。」 「うん?」 「神様が最初に創ったのがアダムじゃなくてイヴだったら、この世は全員女の子だったかもしれないね。」 首筋を淡く噛むたびに零れる吐息は、枯れる姿を嫌がり自ら散る花のようで、シーツを強く握って白くなる爪の代わりに真っ暗な部屋を彩っていた。 「真梨香は、女だけの世界がいいの?」 「うん。そしたら、」 新菜に触っていても誰にも何も言われないから。どれほど外の世界を拒絶しても、完全に隔離できない俗世を呪う言葉は湿った唇で塞がれた。 「嘘つきね、真梨香。良くないわ、そういうの。」 「…目、閉じてないとダメなんじゃなかったの。」 「今のはキスじゃない。分かるでしょ?」 生乾きのマニキュアの匂いが、曇った眼鏡を思い出させた。 「剥がれちゃうよ、せっかく綺麗に塗れたのに。」 アダムはイヴを、何を想って抱いたのだろう。星明りで肌を探るとき、暗がりで見えない彼女の涙をどうやって拭ったのだろう。 「いいよ、今は真梨香しか見てないもん。ねぇ、目瞑って。」 次はキスだよ、と首に両腕を回される。太腿に絡めた網タイツがくすぐったい。 男なんて大嫌いだ、そう日ごろから明言しているにも関わらずこんな場面では自分がそうした機能を持っていないことを悔やむ。 「今度は真梨香からして?」 「…やっぱりいらないか。」 私が新菜に触るのは、触って欲しいのは、新しい命が欲しいからじゃない。 「何が?」 「なんでも。新菜、目閉じて。」 組み合わさる性別の違いなんて、頬に落とした細長い影が生む熱情の置き場が分からなくなるだけだ。そんな些細なことにこだわりを持っていたら、ただでさえささやかな余生があっという間に終わってしまう。 「上手ね、真梨香。」 新菜がそう言って細めた瞳を直視できず、左腕に刻まれたタトゥーを見ていた。綺麗だねとも似合っているとも言えないまま、ただ見ていた。 |