「せっかくの可愛い顔に不釣合いね、この彫刻は。いつ彫ったの?」 指先で肌を蝕む墨をつ、と撫ぜられた。 「かっこいーでしょ。結構前だから忘れちゃったな。」 煙草からゆらゆらと細く昇る煙は音も無く、匂いだけを残して消える。肌を重ねて一時的に生まれる熱に、よく似ていた。 「その顔に不釣合いなのはこれだけじゃないけどね。ねぇ、どこでそんな技覚えてくるの?」 「この状況で他の女の話聞きたいの?」 腰に回された手を取り、冷えた指を口に含む。驚いたように竦んだ腕を捕らえ、振り返ると何か言いかけた唇を塞いだ。 「本当に聞きたいなら全部答えてあげるけど。」 不意を突かれたその表情は本当に不服そうで、意地を張るように首元にかけた腕の強引さに内心苦笑する。 「・・・ねぇ。」 「ん?」 汗ばむ手がそっと二の腕にかけられる。 「彼女、作らないの?」 「作んないよ。大体彼女とか恋人って、作るとか欲しいとかそういうものじゃないじゃん。」 甘い物が欲しいな、ほんの少し満たされたいな。俺が腕の中の彼女だけでなく女性全般に対する欲望は、コンビニでお菓子を買うことが楽しみだった幼い頃のそれと根底にあるものは変わらない。 「君だって、そうでしょ?」 「相変わらず、意地でも名前は呼ばないのね。私は違うわ、貴方みたいにいつまでも悠々自適ではいられないもの。」 俺の唇に移ったルージュを、熱を持ち出した指が粗雑に拭った。 「古い話覚えてるねぇ。もう癖になっちゃたんだもん、しょうがないよ。」 茶々の合間に堪える息は火照った意識を掻き立てる。普段の快活な様子とは似ても似つかないそれが、後ろめたさを興奮に変えた。 「彼氏欲しいっていうの、ちょっと意外。もっと自由でいたいように見えたから。」 学生時代の友人と会うたびにお前は何も変わらない、そう言われ続けるが中身はしっかり年を食った。抱き締めるのもキスをするのが好きなのも確かに変わらない、それでも「その後」を考えるようにはなった。 「もう十分遊んだもの、そろそろ止まり木が欲しい頃ね。」 「止まり木、ねぇ・・・。痛くない?」 「手加減する気なんか、ないくせに。」 服を脱ぐ頃には誘いの言葉を忘れていた。同僚の彼女を安いホテルに連れ込むのは、確か三回目。 「どっちにしろ、貴方にそういった確かなものは求めてないから安心して。」 「それはどうも。誰か紹介でもしようか?」 他の女の話を文字通り塞いでおいてそれか、と呆れに近い嘲笑を向けられ、もう一度深く口づけられる。 「貴方の友人なんて、四月の頭に店に来た色男ぐらいしか知らないわ。そうね、あの人なら大歓迎だけど。」 そのときまで俺は、自分がまだこんな風に笑えることを知らなかった。 「だめだよ。」 「ひゃっ・・・。」 上擦る声も、急上昇する体温も、その艶やかな光の粒が浮かぶ額も、俺はもう自分の手で作れるから。 「さっきの話、撤回。今夜は、今だけは俺のことだけ考えてて。」 動揺する手首を抑え、首筋を噛んで声を怯ませ、困惑を手早く意識の隅に追いやる。ごめんね、と反射で呟いた先は信じてもいない神様か、組み敷かれている彼女か、罪深き親友か。 「べつに、痛くなっ・・・ん、」 相応の勘違いをそのままに、反った白い首に歯を立てる。重ねた唇で麻痺する痛みを快楽へと導いて、色欲にまみれて濁る意識を堕落した神への祈りに変えて。 「名前、呼んでくれる?」 君のために僕ができることなんて、この程度でなければならないのだから。洩れた息が声に成る前にもう一度強く引き寄せられる。 「もう黙って。」 台詞と反比例して頼りない口調を熱い息で誤魔化していた。その熱も、きっと長くは続かない。 |