藤咲さんさんより要誕生日小説戴きました。


突然押し付けられた用事を終えて帰宅したのは、日付変更線を四時間ほど過ぎた頃だった。夜の闇が少し薄まった空は暁の予兆を孕んだ紫色で、それでも疲れきった頭にはそれを美しいと思う等と、純粋な感性はなんてものは欠落している(それはもしかすれば元からかも知れなかったが)。
とにかく夜明け前の空を覆う薄靄が頭の中に詰まっているような、酷く朦朧とした気分で部屋の扉の前に辿りついた西園寺要を待っていたのは、ドアドブにかけられた白いビニール袋だった。  
一見何の変哲もない、近所のスーパーのビニール袋のようなそれは、今にもドアノブから滑り落ちそうな、不安定な角度でぶら下がっている。これではドアが開けられない、と引っ張りおろすと、思いのほかずっしりとした重みがあった。袋の持ち手を引っ張って中を覗く。
「…なんだ、コレ」
テーブルの上に乗った「それ」と対峙して、西園寺要は途方にくれている。
ビニール袋から取り出された「物体」。缶詰から取り出した(水切りすらしていない)という様子の毒々しい色合いのカットフルーツが乗せられた、妙にべしゃべしゃとした「白い塊」。その「塊」の上につき立てられたのはビスケットにチョコレートをコーティングした(所詮はポ●キーという商品登録名を持つ)駄菓子で、ところどころ折れて一層乱雑な印象を与えるそれは針山を連想させた。
「…ケーキ、っすか」
呟いてみれば、そして酷く好意的な目線でその白い物体を眺めれば、成程それはケーキの様に見えないことも無い。
さて、こんな不細工なケーキ(らしきもの)を貰う謂れはあっただろうかと再度首をかしげ、そういえば過ぎ去った昨日、9月12日が自分の誕生日であったことを思い出した。
『なあお前知ってる?12月24日に仕込まれたガキって9月12日頃に産まれるって』
クリスマスベイビーって奴だよな―ニヤニヤと口元を歪めて教えてくれたのは、厄介な用事を要に押し付けて去ったその人だったはずだ。それ以来、自分の誕生日を思うと妙に気恥ずかしい気がする(恐らくは、若かりし頃の両親の分まで)。友人らしい友人もそう多くない要の誕生日を祝おうなどと洒落っけを出すのはきっとその人ぐらいのものだ。もっとも、このケーキ(らしきもの)の形状からすれば「祝う」というよりかは悪ふざけのようなものだろうが。それにしても無精なその人がケーキ(らしきもの)を作る、という絵面がイメージできない(したくもないが)ことには、この物体を作ったのは彼の妹なのだろう。彼女もまた器用な性質ではない。ティーンエイジャーの少女が作るにしても酷い代物ではあったが、「彼女」が「西園寺要」の「誕生日」の為に何かを作った、という事実は要にとってこれ以上の祝福はない、と断言できる程に重要なことなのであった。
さて、祝いの品であるとすればこの不細工なケーキ(らしきもの)を食べないわけにもいかない。『無駄に良い』と旧友達に揶揄される育ちのせいかそんな律儀な一面を持つ西園寺要は、喫茶店で恥ずかしげもなくキャラメルマキアートを注文できる程には幸い甘い物が嫌いではなかった。
両手の指で足りる数の食器類の入っていない棚から数本だけ存在するフォークを探し出し、サランラップの上に鎮座する白い「それ」に突き立てる。ぼろ、とおよそ食物にあるまじき崩れ方をした大きな一欠片を恐る恐る口に運んだ瞬間、要は思い切り苦虫を噛み潰したような顔をした。
正確に言えば「それ」は苦くもあり甘くもある不思議な味だったのだが。ケーキの生地はホットケーキを使ったのだろう、市販の粉でどうしたらこれほどのものが出来上がるのか全く不明ではあるが、妙に粉っぽいそれはぼそぼそと固く、しかも焼きすぎた焦げの苦味が舌を刺激する。それに加えてデコレーションに使った生クリームには砂糖を入れすぎたのか、咀嚼する度にじゃりじゃりと口内で音を立て、異常なまでの甘みがケーキ自体の苦味と渾然となる、という仕様だった。無理矢理口に押し込んだ大きな一塊は噛むにも飲み込むにもやたらと時間がかかり、嗚呼いっそビールで飲み込んでしまいたい、とすら思う。味じゃない、気持ちだ、と露ほども信じていない楽観主義で自分を納得させひたすら噛み、少しずつ飲み込む。それを繰り返し口の中のケーキもあと残り少しに差し掛かった時、奥歯が何か固いものに触れた。
ガリリ、
鈍い音と、歯の神経から頭の天辺までを通る不快感。思わず残りの塊ごと奥歯に触れたそれをシンクに吐き出すと、白いクリームと茶色いケーキ生地にまみれて銀色のそれがこそりと小さな音をたてて落ちた。
「指輪、だよな」
アルミ箔で作られたらしいそれは汚らしいクリームの装飾を取り除けば要や、その人が見につけている指輪に良く似ている。そういえばクリスマスベイビー云々の話には続きがあったはずだ。どこかの国ではクリスマスケーキにコインや指輪を入れるのだと、そしてそれで切り分けられたときに当たった人の運勢を占うといった趣向が凝らされているのだと。要の名前すら満足に書けないその人は、なんの変哲も無いアルミ箔から指輪を作り出してしまう程度にすこぶる器用で、その上何故だか無駄な知識にだけは富んでいる。そんな知識を駆使して手の込んだ嫌がらせを慣行するほどに、悪知恵にも富んでいた。
「…他にも地雷埋まってんじゃねえの」
片手に握ったフォークでケーキを注意深く突く。全ての地雷を除去し終える頃には二目と見られない酷いものになっているのだろうが、背に腹は変えられないのだった。テーブルの上にぼろぼろとケーキの欠片を撒き散らしながら、西園寺要は笑う。締め切ったカーテンの間からいつの間にか差し込む朝日に照らされた(もとより人相の悪い)顔に浮かんだ笑みは、さながら何か企んででも居るような不吉なものではあったが、本人としては精一杯の嬉しそうな表情だったのだろう。

一日遅れの誕生日。
クソ不味い不細工なケーキ。
クリスマスベイビーに絡めた嫌がらせ。

それがどれ程いびつなものであったとしても、

「無い」より「有る」が余程良い。