真雪さんさんより要×マナ小説戴きました。


 「ねぇ、要。絵本読んで。」
「はぁ?」
 煙草を奪われ、代わりのように差し出された絵本を受け取る。
 「いくつだよお前は・・・こら、吸うなよ。」
 咥えようとしたマナちゃんを制し、硬い表紙を捲る。最後に絵本を開いた記憶は随分と遠く、なんだか酷く壊れやすい物を扱っているようで落ち着かなかった。
 「絵本は寝転がって読むものだよ。レンが言ってた。」
 物の少ない城崎家に寄付するような形で買ってやった毛布は偉く御気に召したらしく、蒸し暑いこの季節の中盤に差し掛かっても抱えている姿をよく見かける。サマーブランケットにすりゃ良かったか、なんて保護者のような考えが反射的に浮かんだ。
 「あの人の言うことなんか本気にするなよ。」
 言いながら自分も寝転がる。フローリングの上に広げた毛布は二人並んでも少し余るぐらい大きい。こういうとき、嫌でも自分の身長を意識する。モデル体型の女が横にいれば尚更だ。
 「要、早く。」
 「はいはい。えーと、『むかし、あるくにに、しらゆきひめとよばれるとてもうつくしいおひめさまがおりました。』」
 平仮名と片仮名だけで構成された文章は予想よりも読み易かった。御伽噺の類には懐かしく触れていなかったこともあり、読み手であることも忘れそうになるほど物語の中に引き込まれていく。
 「『にげてください。さもないとじょおうさまのめいれいであなたをころさなければならないのです!』」
 白雪姫を森で追い詰めた家来の台詞で、思わず強くしてしまった自分の語尾に驚いて口を塞ぐ。そっと横目でマナちゃんを伺うと、物語の展開に夢中なようだった。内心でほっと息をつきながら続きを読み上げる。
 「『このりんごはたべればねがいがかなうふしぎなりんごさ、たべてごらん。』」
 醜い魔女に変貌した妃が掲げる毒林檎を食い入るように見つめるマナちゃんは、白雪姫の立場になったら誘惑に負けて食べてしまう気がした。イヴが蛇の甘言に負けて知恵の実を口にしたように。
 「『しらゆきひめはしあわせなみらいにむかってたびだつまえに、こびとたちにおわかれのキスをおくりました。』」
 最後の文章では白雪姫が物凄く自分勝手な女に見えた。世界に自分を中心に置かない女なんて現実にはそういないだろうが、一時的とはいえ死後の面倒まで見た小人たちへの謝礼が投げキスひとつというのも腑に落ちない。
 「ご感想は?」
 「要、この林檎持って来られたら食べる?願いが叶いますよって、差し出されたら。」
 閉じた裏表紙をぱらぱらと捲り、俺が同じ感想を持ったページを指す。
 「どうだろうな、状況にもよるだろうけど。」
 「じゃあ、要が大切な人を亡くしたとして。」
 物語の逆境に近い真理を、平淡な声が探していた。
 「自分がこの林檎を食べればその人が生き返るとしたら、要は食べる?」
 「毒が入ると知っていてもか?」
 無言で頷く。即座に綺麗な答えも明確な決断も導き出せない俺は、きっとどんなに容姿に恵まれていようとも王子様にはれない。
 「食べないよ。」
 例え世界中に蔑まれようとも、世界の中心は俺だ。
 「俺が死んじまってたらどれだけ好きな人が生き返ろうとも意味なんざねぇよ。俺が死んでも相手が死んでも、逢えないなら一緒だ。」
 何故、空想の問いにここまで真剣に答えているのだろう。自分の中で生まれた問いは答えの探し方すら分からない。
 「どうして、もう逢えないの?」
 幼い子供のような、先日公園で遭遇したもう一人の「まなちゃん」を思い出すようなあどけない口調が記憶を刺激する。咄嗟に瞳の奥にある感情の有無を確認した。
 「その人が生き返って、要にキスしたら要も生き返るじゃない。ハッピーエンドって、そういうことでしょう?」
 マナちゃんが出した結論は、お姫様として模範解答だ。相手が自分を見捨てて生き返った喜びだけを胸に去ってしまう可能性なんて思いつきすらしない。
 「要。私ね、この家来がキスしても白雪姫は生き返ったと思う。」
 黙りこくった俺を気遣うように、そっと話題を逸らす。現実から架空に移るマナちゃんの視線は、恐らく絵本の中に童話以外の何かを求めている。
 「白雪姫を殺さなかったから?」
 「うん。だって、鹿の心臓なんてすぐにバレちゃうよ。誤魔化したら女王様に殺されるかもしれないのに、白雪姫を助けたんだもん。」
 口付けに魔法を宿すその感情を、俺たちはきっとまだ知らないままだ。幾ら月日が流れても、ふとしたきっかけで引き戻される。
「ねぇ、要。」
「ん?」
「愛してるって、言ってみてよ。」
 何度と無く持ちかけられたその誘いは、イヴを誘う蛇の言葉より甘く、知恵を持った彼女を拒絶する神よりも残酷だ。瞳の奥で音を立てて廃れる感情が、どうか少しでも温度があるようにと願う資格は俺には無い。例え、美しい免罪符に似た感情を持っていたとしても。
「要。」
 俺の名を呼ぶその声は、きっと彼女の耳にすら届いていない。