「枕営業は禁止。入店の時に契約したはずだけど。」 首元を強調すると真っ赤なシャツが視界にちらつく。 「なんのことかしらん?」 「ベビードール、匂い移ってるよ。それにそっちのシャツのグロス、千鶴さんのでしょ。」 脱ぎ捨てられた白いシャツの襟元には、ラメ入りのローズピンクが唇の形に付着していた。 「うちのNo.2は目も鼻も利くって宣伝しとくか。あーでも、これ以上アッキーにお姫様奪われたら引退考えなくちゃな。」 ピアスと揃いのネックレスはあまり見慣れたものではない。新しい姫君から下賜されたであろうそれは、更衣室の安い蛍光灯に照らされ鈍く光っていた。 「随分と冷静だね、レン君。」 懐から取り出したライターを奪い、開いていた窓の外に放る。カツン、と遠くネオンに落ちた音がした。 「僕が店側に告発すれば、解雇も有り得ない話ではないと思うけど。」 咥えた煙草を咀嚼するように、瞳を細く歪ませる。 「随分と入り込んじまったみたいだなぁ、この世界に。アッキーには堅気の商売の方が向いてるんじゃねぇかと思ってたけど。学校のセンセーとかさ。」 「・・・君のためじゃない。この職業で生計を立てているんだろう、路頭に迷うのは養われている彼女も同じだ。」 豊満な身体と整い過ぎた顔立ち、彼女の外見にはこの世界に魅入られる様子が詰め込まれていて、恐らく入ってしまえば僕らの稼ぎなど比べ物にならない。ただ、その代償は測らずとも果てしない。 「そのときは、お前が養ってやればいいだろ?瀬田昭仁。」 「それができたらこうしてわざわざ君に忠告なんてしないよ。」 「自分ができねぇから俺に託すって?頼まれるような間柄でもねぇだろ、俺もマナも。お前には赤の他人だし、俺には実の妹だ。」 先端が鋭く尖った靴の硬い音と共に対峙するこの瞬間、お互いの顔はきっともう何年も変わらないままだ。飢えた獣よりも野蛮な眼差しを自分も作っているのかと思うと、想像だけで虫酸が走った。 「そりゃあマナを手元に置いておけなくなるのは困るよなぁ、アッキーは。」 傍らまで来た人柄を表すようないかつい手が肩に置かれる。本気で潰すのかと思うほど強い力で握られた。 「あいつの傷ついた顔見てねぇと、もう正気でいられねぇんだろ?」 ベビードールを犯すスカルプチャーの強い香りが吐き気に似たものを誘う。 「告発するのは別に構いやしねぇが、あの姫さんが恥かいて終わるだけだぞ。あんな安い香水で満足するような女に勃つほど若くねぇよ。」 酔い潰れたの運んだだけだ、どこぞの馬鹿女みたいな勘違いしてんじゃねぇよ。 そう履き捨てたのと時を同じくして、控えめなノックが狭い部屋に響いた。 「レンさん、昭仁さん。指名入りました。」 「あいよー、今行く。颯太ぁ、相変わらずちっちぇなー。来月までに要越しとけよ、命令。」 「無茶言わないで下さいよ、それにそんなん目指してるってバレたら俺が要さんに殺されますよ!」 「で、テーブル何番?」 「9番です、千鶴さん。」 「アレもよく金もつなー。颯太、ヘルプ入れよ。」 「了解です。・・・えっと、昭仁さん。」 レン君が出て行くのを見送り、入って半年の新人に遠慮がちに声をかけられる。気遣われるような表情である自分が情けない。 「着替えたらすぐに行くよ。お客様は?」 「マナさんです、今は要さんがテーブルついてて。」 「10分以内に入るって、要君に伝えておいて。」 「分かりました。」 姿見の前に立つと、手形のように深く皺がついていた。微かに残るスカルプチャーに、目眩のような嫌悪が宿った。 |