無数に並べられる「もしも」に縋りつく人間は、未来への強い希望ではなく過去への激しい絶望を抱える者だけだ。視界も危ぶまれるような激しい雨の中、国道を走らせるのは俺ぐらいなもので、前後や対角線に他の車の姿は一向に見当たらない。 「マナが一昨日から帰らない。よろしく。」 実の妹を案じる心情が微塵にも感じられないメールが届けられたのは朝方で、寝起きのまま車に乗り込み今に至る。信号もスピード制限も全て無視して、唸るようなエンジンがハンドルを切る俺の手を急き立てる。 目的地に着く頃には土砂降りだった雨は弱くなっていて、それでも貼り付く水滴が鬱陶しいので眼鏡を外す。視界はぼやけるが何十回と来た場所で足取りを迷わす事は無い。 徐々に少なくなる建物と反比例に広がる暗い空の下、青いベンチに座り込む少女が一人。幼い頃から変わらない、レンさんそっくりの端正な顔つきのせいで怒鳴りつけたい場面も映画のワンシーンのようにしか感じられない。 「何時からいた。」 水分を吸って身体に纏わりつくシャツが嫌でも性別を直視させる。滅多に人の来ない場所とはいえ妙な輩に連れ去られなかった事は奇跡に近かった。 「覚えていない。」 「帰るぞ。」 腕を引くとか細く抵抗される。容易に出来る筈の無視も見上げる瞳が虚ろな所為で力を強く込められない。 「レンは?」 「ホテルで待ってるよ、お前のこと心配してる。」 ふるふると首を横に振る。ちがう、と呟かれた声は振り続ける雨音よりも儚い。 「違うでしょ要、心配じゃないでしょ。」 頬を滑るのは雨か涙か。 「心配なんかじゃないんでしょ?」 がたがたと震える唇が寒さの所為だけであればいいのに。担ぐようにして強引に抱き、車まで歩く。肩に突き立てられた鋭い爪から感じるものは、雨と一緒に流れ落ちた。 ずぶ濡れのままホテルに入ると、指定された番号のドアを足でノックする。目の下に深い影を作った半裸のレンさんにそのまま引き渡した。 「お疲れ。入る?」 「着替えていいすか、いくら俺でも風邪引くのは面倒なんで。」 「俺のしかないけどな。袖と裾捲って使え、シャワーは奥。」 だんっ、と強い音が会話を中断させる。レンさんの腕を振り払ったマナちゃんが、入り口の床に座り込んだ。何を思えば血の繋がった家族にそこまで冷たい瞳ができるのか、それを見下げるレンさんを何度見ても俺には分からない。 「なんで怒らないの。」 「なんで殴らないの。」 「なんで怒鳴らないの。レンも、要も。」 「大嫌いだよ二人とも大嫌い大嫌い。」 聞いているだけで狂いそうになるほど、呪詛のように大嫌いを繰り返した。元々大した声量ではないが、何時か喉を潰してしまいそうなその言葉は本来誰に向けられるものなのか。 「要、シャワー行けよ。」 最低でも三十分経ってから出て来いよ。 レンさんは低く指定してから喚き続けるマナちゃんを片手で持ち上げ、ベッドに放るとベルトに手をかける。 早足でシャワールームに入る頃には、甲高い矯正が響いた。どれだけシャワーを強く出しても、あの雨音のように俺の聴覚を支配してはくれなかった。 |