真雪さんより、佐川誕生日の小説戴きました。


 「ねーねー翼っち、外に居るイケメンって翼っち待ちじゃない!?」
 バイト上がり、私服に着替えた僕を待っていたのは同僚の好奇心に満ちた眼差しだった。小さな体がぴょんとぴょんと跳ねる様に僕に纏わりつく。
 「イケメン?俺じゃなくて?」
 「や、翼っちは可愛い系だし。じゃなくてぇ、今外に背おっきいイケメンがいんだけどどっかで見たことあるなーって思ったら前に翼っちと一緒に歩いてたの町で見かけたの思い出してさー。まだ夜は冷えるから、中にどうぞって言ったら『人を待ってるんです、客じゃないんで御構い無く』ってすっごい爽やか笑顔で言われたのー!」
 三十にもなるのに可愛い系っていうのはどうなんだろう。きゃあきゃあと騒ぐ同僚を尻目に上げられた特徴を引き結んで、思い浮かぶ友人と自分を比較し軽く落ち込む。
 「じゃ、あんまり待たせると申し訳ないから俺行くね。教えてくれてありがと。」
 「あ、待ってよ翼っち!あの人彼女いないなら紹介して欲しいんだけど!」
 珍しく気を利かせたと思ったら狙いはそれか、と内心で苦笑する。
 「・・・彼女いるよ、瀬田君は。超可愛い子。」
 直接紹介されたことはないけれど。瀬田くんの家に突然押し掛けた際、なんとも目のやり場に困る格好で行き会ったショートヘアの癖毛さんを思い出す。
 「えーっ」
 「じゃ、お疲れ様―。」


 「御待たせ、瀬田君。」
 「お疲れ。ごめん、やっぱりさっきの店員さん伝えてくれたんだね。」
 急がせたかな、と軽く目を伏せる瀬田君は確かに間違いなくイケメンで、自他共に認める面食いの同僚が騒ぐのも無理はない。これは同性に対する評価として正しいのか、とたまに考えなくはないけれど、長年続けてきたこの関係を維持させるには僕のこの性格は丁度良いと自負できる。
 「ううん、ちょうど上がったとこだったし。それにしても、急に来るの珍しいね。なんかあった?」
 続く言葉は予想出来ているけれど、直接聞きたいから少し惚ける。
 「これ、今日のうちに渡そうと思って。」
 差し出された瀬田君の手には可愛いリボンで結ばれた箱が乗っていた。
 「誕生日おめでとう、佐川君。」
 「ありがとー!」
 お礼もそこそこに開封すると、掌にころんと転がったのは羽をあしらったブラックシルバーのピアスだった。月明かりをきらりと跳ね返す。
 「うわ、格好いい!また高そうな物買って来るなぁ、瀬田君は。」
 「良かった、気に入ってもらえたみたいで。そんなに大した値段でもないよ・・・何してるの?」
 「ん、せっかくだから今つけたとこ見て欲しいと思ったんだけど、片手じゃやっぱ難しいね。」
 「歩きながらは危ないよ。ほら、ピアス外すなら座ろう。」
 水滴のついた缶コーヒーを道端のゴミ箱に放り、俺の手を引いて瀬田君は夜の公園へと踏み入った。
 「真っ暗だー。ねぇ、高校んときのこと思い出すね。」
 「部活帰りの?」
 「そうそう、いっつも俺が腹減ったって騒ぐからコンビニで適当に買ってこんな公園で食べてたよなーって。」
 「あの公園、もうなくなっちゃったみたいだよ。マンションになってた。」
 「えーっ、俺潰していいよって言ってないのにー。」
 俺と君が重ねた年月はそれなりのもので、お互いに『親友』なんて青春染みた称号を飾り、関係を築いている。一方的なものだったら、とたまに考えないことはないけれどそれでも俺は君の隣にいる必要があった。
 「もう随分前からあったみたいだし、仕方ないよ。僕らはもう十分通ったからいいけど、今の生徒さんたちは残念だろうね。」
 公園の奥に設置されたベンチに腰をかけ、改めて右耳のピアスをひとつ外した。瀬田君は何度この動作を繰り返しても興味深そうな視線で俺の手を追う。
 「痛くないの?」
 「瀬田君、それ聞くの何回目?痛くないよ。この穴、もう痛覚麻痺してるんじゃないのかな。ピアスホールってどこもそんな感じだと思うけど。」
 「へぇ。痛覚って、本当に麻痺するんだね。」
 口角を無理矢理持ち上げたような瀬田君の笑みで俺の頭が反芻するのは、歪な色だけを取り出して塗りたくった壁を連想する、上着の下。均整の取れた顔によく似合う、筋肉質なその肉体を蝕む傷痕は、彼の中心にある何かを確実に巣食っている。もしかしたら、瀬田君本人はそれに気づいていないかもしれない。だからと言って、俺にできることは何もなかった。
 「できた!あー、鏡ないの残念。」
 「うん、よく似合う。良かった、この色にして。店員さんに二色勧められて迷ったんだけど、佐川君は明るい色の服が多いから逆にこっちの方がいいかなと思って。」
 「さすが瀬田君だね、俺だったらそこまで思いつかないよ。でも、なんで羽の形?」
 かっこいいけど、と瀬田君の顔を覗き込むと切れ長の瞳は少し迷ったように色を動かした。
 「それは、えっと・・・」
 瀬田君の口ごもる姿なんてレアだなぁ、と思いながら言葉の続きを待つ。はにかんだような笑みを浮かべながら述べられた理由に、思わず吹き出した。


 「つばさ、だから。」
 「ぶはっ。」
 「あっははははは!瀬田君、僕の下の名前ちゃんと覚えててくれたんだ!」
 「覚えてるよ、何年の付き合いだと思ってるの。」
 「有難う、いい誕生日になった。大切にするね。」
 横隔膜が引き攣るほど笑ったのなんていつぶりだろう。毎日に別段不満は無いけれど、流石に学生の頃のように華やかな日々が続くことはなくなった。そんな日常も突如として引き裂かれることを、俺はきっと普通の人より少しだけ理解はしていた。壊れた物を修復することは可能だけれど、どこかに飛ばされてしまった破片がある限り、完全に元に戻すことはできない。日常も同じようなものなのだ。
 「他の人には何かもらったの?」
 「あー、さっきの同僚の子がお菓子くれた。それだけかな、彼女もいないし。それに俺の誕生日、エイプリルフールだからさ。」
 「あぁ、プレゼント箱だけとか?」
 「それ高校んとき小松にやられたんだよね、凄い嬉しかったのに。」
 「懐かしいね。小松くん、今何してるんだろう。」
 「普通に就職してるんじゃない?うーん、まさか俺もフリーターのまま三十になるとは思ってなかったなー。」
 淡い水色のラインが入ったリボンを弄ぶ。瀬田君を始めたとした学生時代の友人は不況ながらもしっかりと職に就いていて、全く気にしていないと言えば嘘にはなるけれど正直なところここまでくると開き直りの方が大きい。
 「親ももう一日ぐらい我慢してくれれば良かったのに。結局エイプリルフールってなんなんだろう、記念日?」
 「起源は完全に不明だからね。宗教的な意味合いが無いのは確かだけれど。」
 嘘をついても許される日。ならば、その日に生まれた俺の存在は?今考えるととてもくだらないことだけれど、思春期の頃は本気で不安になっていた。
 「なんかさ、せっかくエイプリルフールに生まれたんだから特別な力とかあればいいのにな。」
 「例えば?」
 「うーん、どんな嘘をついても許されたり、とか?」
 「それはそれで疲れそうだけどね。偽るのって、体力使うし。」
 瀬田君、その考えだと君は笑うたびに疲れてることになるけれど。でも、それもあながち間違いではないのかもしれない。
 「あとは、何かを嘘に変えられる力、とか。」
 「そこまでくるとファンタジーだなぁ。何かあるの、嘘にでもしたいような嫌な事。」
 君のその、笑い方とか。
 「そう言われるとないんだけどね。もう帰ろっか、冷えてきたし。」
 「そうだね。明日もバイト?」
 「うん、明日はファミレス。良かったらまた遊びに来てよ。」
 あの可愛い彼女と一緒に、とは続けられなかった。大人びた雰囲気ではあったけど、下手すれば瀬田君の生徒さんたちと同じぐらいの女の子だったため、俺は未だに踏み入って聞くことができてないのだ。とんでもない美人さんだったから、羨ましいなぁとは思ったけれど。
 「そうだね、また時間ができたときにでも。それじゃ、また電話する。」
 「うん、ほんとに有難う。おやすみ。」
 もう一度いつもと変わらない笑みを浮かべ、瀬田君は背を向けた。もしも。もしも、俺の誕生日が神によって偽りを許される日だとしたら、俺の存在も嘘で構わない。だからあの出来事もどうか。
 「でも、やっぱり俺まで嘘になったら寂しいかな。」
 小さくなる背中に届かないよう呟いて、ピアスの冷たさに目を伏せた。