携帯で呼び出しを掛けたのは俺の方だ。 しかし、 「薬を渡しに行くとは言ったが……」 昨夜の雪は大分積もっているし、気温もまだまだ低い。 「何」 「…こんな外で待っていろとは言ってない」 珍しく煙草を吸っていない口は、代わりに細い指先に息を吹き掛けていた。 軌跡 病気を患っている筈の彼女は相変わらずの薄着でベンチに腰掛けている。 「玲二遅い」 「俺は時間通りだ」 「今日は部屋まで持っていくと言った筈だ。ドアの前で待っていろと」 「別に良いじゃん」 むすっと一瞬眉間に皺を寄せた彼女を無視して、 頭に軽く積もっていた雪を払ってやり、いつもの薬を手渡す。 「雪、積もったね。今年初めて積もったんじゃないかな」 彼女は向かい合ってる俺にではなく、独り言の様に呟いた。 ここの所ちらほら雪が降っていたのは知っているが、 あいにく天気にそれ程関心も無いし、家から出る機会も少なかったので、 それが正しいかどうか俺には判らない。 それでも、雪雲に覆われた空を眺め、嬉しそうに笑うから「そうか」と相槌を打つ。 「お前がそんなに雪を好きだったとは知らなかったな」 「………最近だよ、…寒い日も悪くないと思える様になったのは」 空からまた、雪が降り出してきた。 手に落ちては溶けて水になるだけなのに、彼女は楽しそうに手のひらで雪を受け止める。 「どうして子供は雪や雷、台風なんかがきたりすると燥ぎだすんだ」 昔から思っていた疑問を、この際解決してしまおうと口にしたのだが、 どうやら機嫌を損ねさせてしまったらしい。 「帰る」 怒鳴るように一言だけ言って、雪の上をざっくざっくと大股で去って行った。 俺の帰り道も同じなんだが、彼女の背中が「付いて来るな」と言っている様だったので、 彼女の座っていたベンチにとりあえず腰掛ける。 寒がりのクセに薄着で外に出て、 昔より大人に近づいた今の方が雪の日を好きだなんておかしくないか? 嬉しそうに笑っていたかと思えばすぐ不機嫌顔にもなる。 相変わらず訳が分からないな。 彼女の姿は見えなくなり、雪は徐々に強くなってきているので、 俺も帰ろうかと立ち上がった所でようやく気付く。 新雪に残された多すぎる彼女の足跡。 「……ああ、あいつはこれを付けに来たのか…」 彼女の目的は薬の受け渡しじゃない。こっちだったんだ。 白い息を吐いて、足跡を付けて、体温に溶ける雪で、確認していたんだ。 今、自分が確かにここに、生きているのだと。 「………………馬鹿な奴」 新たに降る雪は少しずつ強さを増して、 先程付けたばかりである彼女の足跡を白く塗り替えていく。 ゆっくりと、しかし確実に。 「そんな事お前がしなくても、」 もう少し待ってくれと強く心に思いながら、彼女の足跡に自分の足跡を重ねていく。 まだ、消さないでくれと、強く願う。 |