真雪さんより、要×マナ小説戴きました。


 それが催されるきっかけがなんであろうが、宴会を開いた時点で俺の役目は決まっている。
 「レンさーん、起きてくださーい。俺さすがにアンタは運べませんよー。」
 散乱するカラーテープや空き缶を足でどけながら、食器をまとめ地響きのようないびきをかく巨体に声をかける。手に持ったビールが空であることを願う、あの体勢は間違いなく零れる。
 「ったく、この兄妹は・・・」
 制服のままソファに身を沈めるマナちゃんは夢の中で、その寝顔を見てると胸の奥が僅かに音を鳴らす。コトリ、と何かが動いているのは分かっても、その正体を暴く気にはならなかった。
 「要、毛布・・・」
 「だから寝室行って下さいって。いくらアンタでも風邪引くでしょう。」
 食器を台所に運び終えるとレンさんの右手からビールを取り上げ、まだ中身があるのを確認して一気に呷った。
 「動きたくねぇ、ここで寝る・・・毛布・・・」
 確かめるのが怖いのか。頭の中に浮かぶ考えを振り切る自分はまるで恋を知ったばかりの少年のようで、そんなものが似合う年齢でも無ければそんな感情をこの子に向けようとは到底思えない。レンさんを移動させるのを諦め、御所望の毛布を渡すとソファで規則正しく上下させる肩を揺すった。
 「マナちゃん、起きて。スカート皺になるぞ。」
 ぱち、と大きな瞳を薄く開き、何度か彷徨わせて視線を重ねる。
 「風呂は明日にして今日はもう寝な。レンさんはここで寝るって言うけど、マナちゃんは寝室行けよ、風邪引くから。」
 「要は、どうするの?」
 まどろみが残る声で呼ばれる自分の名前を呪わしく思うほど、胸の奥で音は大きくなる。
 「俺はもう帰るよ。車停めてあるし。」
 「ビール呑んだのに?」
 完全に開いた瞳は俺の手元を見つめる。そこには確かにさっきレンさんから取り上げたビールがあって、口の中にはまだ微かに泡の感触が残っている。今日一日の俺の我慢は何処に向けりゃいいんだ、おい。
 「・・・じゃ、タクシーで。」
 「泊まっていけばいいのに。要、夏頃から全然泊まらなくなったよね。彼女でもできた?」
 純粋な瞳が投げる疑問が、俺の名前を呼ぶその声が、胸の中で降り積もる雪のように溜まり続ける。鉛をそのまま飲み込んだような感覚の捌け口は見つからない。
 「レンさんと違って女にゃモテねぇよ、知ってるだろマナちゃん。」
 「ふふ、そうだね。」
 よいしょ、と身を起こすとスカートの裾を延ばし大きく背伸びする。
 「珍しいな、起きてすぐに行動できるの。」
 「もう17歳だもん。」
 そうやって浮かべる微笑は昨日と何も変わりはないだろうに、何故か大人びて見えるのは宴の後だからだろうか。即興で開催された誕生会で残ったのはいつもより少し散らかった部屋だけで、前日まで仕事を詰めていた俺は正直なところレンさんにメールを貰うまで忘れていた。
 「悪かったな、何もプレゼント用意してなくて。」
 「ううん、お祝い嬉しかった。」
 「もう寝な、俺も今日は泊まらせてもらうから。」
 コトリ、コトリ。
 「ねぇ、要。誕生日プレゼントいらないから、ひとつ我儘言ってもいい?」
 胸の奥で鳴るその音が聞こえないように、もう少し大きな声で喋ってくれないか。
 「なんだよ、改まって珍しいな。」
 「お姫様抱っこでベッドまで運んで?」
 ゴトっ。
 「はい?」
 「されてみたかったの、お姫様抱っこ。ね、御願い。」
 顔の前で両手を合わせるその仕種は、なんていうか、
 「犯罪だろ・・・。」
 そりゃもう、色んな意味で。
 「ダメ?」
 「・・・分かった。」
 ふーっと大きく息をついて、膝の裏と背中に腕を回すと一気に抱え込む。
 「誕生日だからな、今日だけだぞ。」
 「ありがと、要。重くない?」
 「重くはねぇよ、むしろもっと太れ。」
 腕の中のそれは本当に自分と同じ人間かと疑うほど華奢で柔らかくて、今より少しでも力を入れたら壊れそうで。首に回されたマナちゃんの両腕の細さは今更ながらその儚さを痛感させた。
 「要は誕生日、何が欲しい?」
 「大分先の話だな。いらねぇよ、なんも。俺だって何もやってない。」
 「お姫様抱っこはできないなー。」
 「いらねぇって。」
 マナちゃんの部屋のドアを足で開け、ベッドの傍に立ち片手で掛け布団を捲る。
 「下ろすぞ。」
 声をかけ屈もうとした瞬間、回された腕に強く力が込められる。
 「・・・5分だけ。」
 このまま。
 耳元で囁かれる形になったその声は飲み込んだ鉛の全てを爆発させるには十分だった。力ずくで腕を振り解くとベッドの上に放る。
 「要?」
投げ出された四肢に力を込める気もないような、感情が失せた瞳を俺はこの先何度見なければならないのだろう。
 「泣いてるの?」
 「・・・泣いて無いよ。」
 涙は確かに流れていない。この子の瞳に俺はどう写っているのか。
 「もう寝な、おやすみ。」
 その瞳を直視できないまま、飛び出すように部屋を出る。
 早くなる鼓動も、大きくなる胸の音も、何だって言うんだ、一体。
 「ちくしょ・・・」
 腕と胸に残る温もりが消えるまで、この想いの名前を恋にしても許されるだろうか。