真雪さんより、お伽噺小説戴きました。

此処には『シンデレラ』(瀬田マナ)のみ掲載します。
他の小説はコチラへ【リンク】。玲真梨、颯井(新)、雨瞳、マナカナ(レン)等


 きっと、お姫様は誰でも良かった。薄汚れた服と、踵の磨り減った靴を脱がせてくれる人なら、誰でも。
 「城崎さん、何読んでるの?」
 涼しげな瞳、長い脚、まっすぐな黒髪。この人のネクタイを外す仕種が好き。
 「王子様。」
 「え?」
 首に手を回し、強く抱き寄せた。
 「ちょっと待って、この体勢辛・・・」
 耳に囁くのはわざとなのか、低い声は聞くたびに胸の中心に溜まる。緩めた襟元から覗く皮膚の色は過去の忘却を諌めるようで、いつだって触れたくて堪らなかった。
 「それで?何読んでたの?」
 立て直した体勢で乗せられた膝の上で、持っていた本を手ごと掴んで持ち上げられた。端整な手の温度はいつも低くて、以前それを指摘したら「心が冷たいから、反映してるのかもね。」と笑っていた。
 「懐かしいな、シンデレラか。どうしたのこの絵本、学校の?」
 「図書室に大量に寄付されたんだって。中等部は家庭科の授業でも使うし。」
 そっか、と私の旋風に顎を乗せて絵本のページを捲る。優しい色合いで描かれたそれを見る目は、きっといつもより少し細めてる。自分より弱い立場を見るその表情で抱く私の感情は、きっと『発情』。
 「こういうドレス、似合いそうだね。」
 「ウェディングドレスみたいな?」
 純白、と云うのだろうか。穢れには縁の無い真っ白なドレスを纏い、王子様と手を取り合い微笑む絵を指でなぞった。
 「良いね、結婚式に硝子の靴って素敵。」
 「そうだね。」
 だから式を挙げようか、なんて先生は死んでも云わない。きっと、私と先生の関係に何の障害が無かったとしても。
 「絵本はやっぱり大分中略されてるね。確か、この王子様って踵削ったシンデレラのお姉さんを結婚しそうになったんだっけ。」
 「詳しいね、先生。」
 「大学時代に少しこういう分野の授業も取ったんだ。グリム童話は興味深かったな、現実に出回ってるものとのギャップが。」
 「例えば?」
 見上げて問い掛けると、もう少し大人になったらねと頭を撫でられた。その細めた瞳を言い訳に、やや強引に口付ける。応えられたのは唇じゃなく肩にかけられた手だった。
 「王子様のキスって呪いを解かせるんだよね。」
 「そうだね、シンデレラは眠らないけど。」
 「もしも魔法と呪いが同じだとしたら、お城でシンデレラがキスされたら魔法は解けてみずぼらしい格好に戻っていたのかな。」
 要やレンの、無骨な手を見て育ったせいか先生の大きいけど綺麗な手には未だに違和感に似たものを覚える。頬や首筋、様々な部位に何度触れられても慣れることは無い。
「そうかもしれないね。でも、童話に出てくるような王子様だったらどんな姿でも愛したんじゃないのかな。」
 「先生は、」
 この人に触れるようになってから、私は言葉を飲み込むことを覚えた。
 (私がどんな姿でも愛してくれる?)
 御伽噺よりもこの世界には程遠い、例えば夜空を駆ける星に三回唱えることが出来たとしても無効にせざるを得ないような拙い願いを、抱き締め果てるその瞬間まで考える。
 「城崎さんはお姫様になれるなら誰が良い?」
 「やっぱり、シンデレラかな。」
 姿形が変わっても、そのほか大勢に埋もれていても、王子様が見つけ出してくれる。埃にまみれた髪を梳いて、その頭に光り輝くティアラをのせて、かぼちゃよりも頑丈な馬車で、私だけの硝子の靴を履いて。
 「白雪姫も眠り姫も素敵だけど、私はシンデレラが良い。」
 硝子の靴は私以外の誰も選ばない。その靴を履ける私以外、王子様は目もくれない。
 「似合うよ、きっと。」
 王子様がいなければ、宝石の価値は一晩だけ。
 「でも僕、思いついたんだけどさ。」
 「うん?」
 先生は一緒に座ってる間は後ろから抱き締める形を気に入っているようで、私もこの長い腕に包まれるのが好きだった。
 「キスも魔法のひとつかなって。」
 香水や洗剤とは違う、男の人独特の匂いが先生はとても強い。
 「魔法を解く魔法・・・っていうとちょっとややこしいけど、王子様はお姫様が好きだからキスで目を覚ましたんだよね。だとしたら、やっぱり好きな気持ちが魔法になったんじゃないのかな、なんて。」
 細める瞳も、薄く笑う唇も、王子様には程遠い。だけど、
 「先生はそうやって、たまに可愛いこと言うのね。」
 「・・・生徒に可愛いって言われるのも気恥ずかしいね。大人をあまりからかっちゃダメだよ、城崎さん。」
 誰に何を喚いたって、世界の全てを憎んだって、私と先生の関係に変化は訪れない。この先も、これからも。先生の瞳の色みたいに動かないその事実が、叫びだしたいほどもどかしかった。
 「解くんだったら、魔法を強くする魔法はないのかな。」
 振り向きしがみつくと、先生は私の背中に腕を回す。冷めた体温が私を包む。
 「そうしたら、零時の前にキスをしてシンデレラの魔法は二度と解けなかったかもしれないのに。」
 「・・・そうだね。」
 私がシンデレラだったら、硝子の靴は置いていかない。一晩だけの夢は、夢のままの方が綺麗なのだ。現実に持ち込もうとすると、砂のように崩れて脆く風に攫われてしまう。
 「先生、キスして。」
 冷たい唇が重なる音を、私はあと何度聞けるのだろうか。解けない魔法は此処には無い。ならば、
 「もう一度」と求めるしか無い。