東雲さんより、要×マナ小説戴きました。


世界は女と男で、他人か自分で、0か1だ。
ただその境界線は極めて曖昧で、飛び越えることは容易い。
この境界線を如何に正確に確認できるかが俺の中では一番大切だ。
踏み込んではいけない、越えてはいけないラインを見極めることが。

「かーなーめぇー・・・?」
俺の世界と外の世界はとても等しく回っているが、それとは確実に違う時間がここにはある。
「あぁ・・・おかえり、マナちゃん。」
「ただいまあ。どうしたの、ボーっとして。レンはぁ?」
「ビールと煙草が切れたから買いに行ったよ。珍しいよな。」
少女にしては大人びた細い体が後ろのソファに沈んだ気配がした。
「ん〜・・・ちょっと疲れたからレンが帰ってきたら起こして〜・・・」
時計を見ると針は7時を示そうとしていた。
こんな時間まで何処へ行っていたのかを問いただそうにも俺は保護者でも兄貴でも、ましてや嫉妬心のある恋人でも、ない。
背後から規則的な寝息が聞こえる。
眠り姫。
荊の城に一人眠る美しい娘。
彼女に絡みつく荊のツルは他人が触れることを許さない。
今振り向けば、荊は俺の体を絡め獲り近づくことを許さない。
否、違う。
これはおれ自身への牽制だ。
踏み越えてはいけない境界線を荊が示している。
…莫迦らしい。
信頼されてるのは、決して悪いことじゃあない。
ただ、男としては安心されてることが良いことではない。
そういう関係なのだ。俺たちは。
分かりきったことでも、時々、その先へ踏み出したくなる。
ゆっくりと背後に横たわる眠り姫を確認しようと体を捻る。

「たっだいまーっ!」
ガチャッと勢い良く玄関が開かれると大音量で良く知った友人の声が聞こえた。
ドアの開いた音で反射的に体を元に戻す。
大声の所為か、自分の行為のせいなのか少し鼓動が早い。
不甲斐ないと自分の中の自分が嗤った気がした。
嗤え、嗤え。俺は荊に捕われて死ぬ気もなければ断ち切る気もないんだ。
眠り姫を起こすのは、俺じゃない。
目覚めのキスがこんな俺じゃ、お姫様はまた眠りについちまうさ。
俺は親友。それが俺と彼女のボーダーライン。


オオカミはとても臆病でした。
赤い頭巾の可愛い女の子を見かけても、声を掛けられないくらい臆病でした。
王子様はとても慎重な人でした。
美しいお姫様が横たわっていても、口付けすることのないくらい慎重でした。
彼は、そんな人。
とってもやさしいけれど、私の求めてるものはくれない人。

「マナちゃん。」
振り返るとまだ日の高い時間帯にビールとつまみが大量に入ったコンビニの袋をぶら下げたジャージ姿の男が目に入る。
「要・・・どうしたの?」
「俺はレンさんのパシリ。マナちゃんこそどうしたのこんな時間に?」
「レンに呼ばれたから、帰ってきちゃった。」
隣に立つとそう、と行ってまた歩き出した。
前を行く大きな背中をぼーっと見ていたら、急に立ち止まって振り返った。
「どうした?具合でも悪いのか?」
王子様の癖に、意気地無しで、根性もなくて、その上慎重なその人は
私に触れることすらしないのです。
「要、家まで連れてって?」
腕を広げて強請ってみた。
おぶってくれてもいいけれど、抱きしめてほしかった。
私の勘違いじゃないって証明してほしかった。
でも。
「ふ・・・甘えたがりかなー?」
茶化すようにそういうと彼は私の手を掴んでこちらも見ずに帰ろう、と言って歩き出した。
彼につられて私も歩き出す。
ほらまた、私の欲しいものは与えてくれない。

くんっ
「?」
少し前を歩く彼の腕を引き寄せる。
何事かとずれた眼鏡の向こうからこちらを見ている。
「かなめ、キスして。」
レンズの奥の瞳がすこし細くなったように見えた。
勘違いなら、そういってほしい。
何とも思ってないなら、思わせぶりなことしないで。
要、好きだよ。

薄い硝子に阻まれたその眼に射抜かれる。
少し笑って繋いだ手を顔の前まで引き上げた。
腕の、手のくるぶしのあたりに、こちらを見たまま触れるか触れないかのやさしいキスが落ちる。
「・・・さて、帰ろうか。」

私はこのとき、このキスの意味なんて分からなかった。
それでも、少しだけ、確信が持てたような気がした。
王子様は臆病で、意気地なしで、慎重な人でしたが
お姫様の傍を離れることはありませんでした。



after story
「ねえレン。」
「んー?」
ビールを飲みながら、煙草を吸いながら、つまみを食べながらテレビを見る隣の兄に声をかけた。
「あのさ・・・、手首?腕?にキスするのって何だろうね。」
「・・・。」
ビールを傾ける手が止まった。
缶をくわえたままこちらを見るとにやりと笑って答えた。
「そりゃあ、欲望のちゅー、よっ。」
はははは、と笑いながら目線を戻すとまたテレビを眺めていた。
「よく・・・、ぼう・・・。」
意味を分かってからあのキスを思い出すと途端に恥ずかしくなった。
顔を赤らめ俯く私に目線だけを向け兄は笑いを含んだ声で
「そんなやらしーこと誰にされたのー?」
と言った。
「うるさいっっ!!」
逃げる様にその場を後にする。
王子様は意外に、欲張りなようです。

-END-