東雲さんより、レンマナ小説戴きました。


髪から滴る透明な雫は
足元へと落ちその縁を広げていった。

「あっ・・・・・・。」

無言の威圧。
刺さるような視線。
鈍く光るその瞳に囚われ目が逸らせなくなる。

「・・・気が済んだか。」
「・・・・・・ッ!」
不意に哀れむような視線へと変わった。
無茶を強いる子供を見るような。
泣き喚く幼子を見るような。
私は酷く悲しくなった。

「だって・・・!レンが・・・!」
「そうだな、俺が悪い。」
「っ・・・・・・。」

悪びれた素振りもせず顔に纏わりつく湿った髪を掻き上げる。
高かったのになー、と足元に散らばるグラスの欠片と液体を眺めながら彼は言う。
まるでそこに私が居ないかのように。

きっかけはたしか彼だった。
でもそれもよく覚えていない。
ただ、カッっとなって、気がついたら目の前に彼がいて、髪は濡れていた。
上手く記憶の整理がついていない。
鼻をつくアルコールの匂いが、彼の髪を濡らしているのがシャンパンであることを語っている。
テーブルの上にあったはずのシャンパングラスと中身が無くなっているから恐らく自分がかけたのだろう。
足には切り傷があって、床でただの破片と化しているソレで切ったのだろう。
シャンパンと血が混ざったところだけ、やけに鮮明だ。

「・・・足、怪我したのか。絆創膏貼ってやるから、こっち来い。」

立ち尽くしたまま記憶を遡っていた私に響いた彼の声。
のそのそと彼の前へ座ると傷口を見せた。
どうやら踝のあたりを切っていたようだ。
自覚し始めたらじわじわと痛み出した。

ガリッ

「っ!?」

全ての思考が現実へと引き摺り戻された。
鈍い痛みは突き刺さるような痛みへと変わり声が漏れた。
「な・・・にするの・・・っ」
「ンぁ?先刻のお返し。高いシャンパンとグラス割ってしかも俺をこんな水も滴るイイ男にした罰。
 ・・・・・・思いっきり痛くしてやるよ。」

抉られるように傷口へと白い歯が触れる。
「・・・レン・・・ッ痛いっ」
無言でただ執拗に責め立てられる。
思わず涙がこぼれた。
痛みに目を瞑る寸前、彼がにやりと笑った気がした。



「・・・・・・・・・はい、オーシマイ。」
「・・・っふ・・・・・・っぅ・・・・・・。」

満足そうに席を立つとバスルームへと消えた。
タオルで頭をガシガシと拭きながら彼は私の後ろに立つと、笑みを含んだような、嫌悪を込めたような低い声で言った。
「何か言うことはー?」

彼を見上げると煙草の煙を燻らせながらにやにやと笑っていた。
「・・・ごめん・・・なさい・・・。」
「はーい、ヨクデキマシター。」

煙草の紫煙と一緒に吐き出された言葉は然程の意味も持たず
私は上って消えていく煙を眺めた。





親の様な、友のような、恋人の様な。
愛とも恋ともつかぬ感情を
煙草の煙と一緒に肺胞まで浸透させる。
いつか告げられる決別の言葉まで
吐き出すことをせず胸の中で留めておく。
その時が来るまで、この紫煙は肺を侵す。

最高のバッドエンドに至極の煙草を味わおう。



―END―