真雪さんより雨瞳。この漫画の後。


 覆い被さっている間、瞳子は身じろぎひとつしなかった。このままちくたくと秒針だけが動いていれば、焦がれるほど望んだ箱庭が完成する気がした。しかし、浅はかな幻想はいつも、瞳子の一言で打ち破られる。
 「性別が逆だったら、どうなったのかな」
 何もかもがそっくりだった僕たちを最初に分けたのは、声だったと思う。それから濁流に呑まれる勢いで背が伸び、あちこちが骨張って、僕は瞳子じゃなくなった。
 「逆って?瞳子が男?」
 「うん、優希が女の子。外見はこのままで、中身だけ入れ替わったりして」
 「…やだなあ、それ」
 折れそうに華奢な肩をしていたら、瞳子を上手に抱き寄せられない。瞳子から腕を伸ばすなんて、何度生まれ変わっても有り得ないと知っている。
 「瞳子は男になりたいの?」
 「別に。どっちでも良いよ」
 姿かたちを変えても、僕は恋に似た激情を抱く。身体中を巡り巡る毒が、本能としてそれを望んでいるからだ。
 「口の中、苦くない?」
 「苦くないよ。なんで?」
 「毒を舐めたから」
 低く呟くと、瞳子はふっと笑って言った。
 「じゃあ、私の中にあるのは毒消しかな」
 同じ名字だったころ、僕は瞳子を通して世界を見ていた。底の見えない漆黒に映るそれらは、歪によじれてとても綺麗だった。
 「どうしてそう思うの?」
 「なんとなく。双子で性別が違うなら、そういうものでも面白いでしょ」
 きっと明日には忘れている、日常の断片。指の隙間から零れ落ちる砂よりも儚いから、繋ぎ止めるのにいつも必死になる。
 「そうだね。毒消し、もらっていい?」
 返事を待たずに瞳子の左手をとる。指を深く咥えて、ぎり、と歯を立てた。
 「私、そんなに強く噛んだ?」
 小さく痕のついた付け根を見て、瞳子は蔑むように目を眇めた。
 「ごめんね、痛かった?」
 「少し。でも、どうして薬指なの?」
 「別に。理由なんてないよ」
 定められたものに理由なんていらない。僕が欲してやまないのは、目に見える証だった。
 「変な優希」
 寝転がったまま瞳子が首を傾げる。既に痕は消え掛けていた。