伊熾さんより、玲二と真梨香の小説戴きました。


既にしっかりと陽は昇りきり、11月の空気も肌寒い程度に暖まった頃、玲二は暗い部屋から久しぶりに出て、眩しい太陽に目を細めた。
腕時計が指す時刻は、昼を回った午後1時。

「…」

数日ろくに寝ていない玲二は、少しぼんやりとした儘に頭を掻いた。目の前を通った男たちが、楽しそうに騒ぎつつハンバーガーを食べていた。ファーストフード特有の匂いが、玲二の鼻孔を擽る。

そういえば、昨日から何も食べていない。

空腹など疾うに越えて何も感じはしないが、少しは口に入れるべきだろう。通り過ぎて姿も見えない男たちの笑い声が、寝不足の頭を殴る。頭痛薬を飲むのにも、空腹状態ではまずいだろう。
買い物は慣れないが、家に食べ物があった記憶はない。何か食べるなら、買うしかない。

(今度、保存食でも置いておくか)

ポケットに入れた儘の数万円を確認して、ゆっくりとコンビニに歩を進めた。

その途中、偶然に見知った姿が目に留まった。
玲二の視線に向こうも気付いたらしく、ゆっくりと手を振り近付いてきた。

「居た、玲二」

「ああ、体調はどうだ」

厚手の服を着ていてもわかる細い腕で、真梨香は袋を二つ抱えていた。
「居た」と言うことは、玲二を探していたのだろうと見当はついたが、目的なら直ぐに言うだろう。鈍く痛む頭でそれ以上考えるのは億劫だった。
挨拶代わりに体調を聞けば、「まあまあだよ」と面倒そうに真梨香は答えた。

「それより。アンタ今日誕生日でしょ?お祝い。」

ずい、真梨香が差し出す袋の片方からは、香ばしい匂い。
それを受け取りながら、玲二は首を傾げた。

「…今日だったか?」

「自分の誕生日くらい覚えてなよ」

11月14日、違う?
真梨香の見せる携帯電話に表示されているのは、口頭で言われたのと確かに同じ日付で、玲二の誕生日だった。

「いや、合ってる。」

「妹さんからメールとか無かったの?まあいいや、それ誕生日プレゼント。チキンと、ケーキ。ケーキはそんなに甘くないやつだから多分大丈夫。」

(メール…)

玲二は、携帯を二つ所持している。仕事の連絡が入るそれと、プライベートのもの。
真梨香の言う携帯は、間違いなくプライベート用だ。
どこにやったかしばし考えて、充電が切れたままだったと思い出す。自分は真梨香に持ち歩けと言うのに、これでは立つ瀬がない。

「見てない訳?あーあ、妹さん可哀相ー。」

それは晩御飯にでもしてよ、真梨香はけらけら笑って去ろうとする。


何故だろうか。

彼女のあの薄い肩を知っているせいか、はたまた冷たい空気が寄越した感傷か。
木の葉が風に舞うよりもあっけなく、姿を消してしまうような、そんな気がして。

(今日は、顔色は良かった)

(普段通りの憎まれ口も叩いていた)

(咳も、なにひとつとして、心配のきっかけは無い)


それなのに。



「…おい、」

玲二の口は無意識に開いて、真梨香を行かせまいとするのだった。
その小さな、揺れを隠した声が届いたのか、真梨香は自然に振り向いた。

「あ、言い忘れてた。」

声は空気に溶けて、玲二の耳に響く。


「誕生日おめでとう、玲二。これからもよろしく!」

開いた距離を詰めるように、真梨香は声を張る。
笑いながらのその声は、漠然とした玲二の不安を除く。

(まだ、大丈夫そうだ)

風に飛ばされる木の葉とは違う、しっかりとした重みを感じて、玲二は口許を緩ませた。
言い終えるが早いか、真梨香はくるりと踵を返して、また帰路を辿る。それに返事をするでも手を振るでもなく、ただ小さくなりゆく背中を見つめていた。強い風が吹いた。木の葉は枝に揺れていた。
誰も居ない道路を暫くぼうと眺め、そして玲二は真梨香とは逆の方向へ、自宅へと向かった。
夏を忘れた太陽が、柔らかく注いでいた。