鈴豆さんより、玲二と真梨香(+α)小説戴きました。


「いて、いてええぇぁぁああ!」
「五月蝿いぞ、黙れ。」
 血に汚れたガーゼが、銀のトレイに山積みになっている。
 男はナイフで切られたとかで、腕に傷ができていた。夜中の急患だ。
 電話口では大げさに騒いでいたので、大怪我でもしたのかといつもより道具を多く持ってきたが、ただ荷物を増やしただけだった。
「先生、麻酔とかねぇのかよぉ・・・ぐぅぁぁあ・・・」
「もう打ってある。効きが悪いようだが、打たなければその程度の痛みじゃすまないだろうな。あと少しで終わるからこれ以上叫ぶな。」
 男は叫ぶのをやめたが、うめいたり「いてぇいてぇ」と呟いている。闇医者は傷の縫合に集中した。
 2日、いや今日で3日目か、徹夜続きで痛む頭には男の大声がガンガンと響く。
  闇医者、棗 玲二は苛立っていた。

 やっと治療を終え、抗生物質等の処方もして呼び出された事務所を出た。もう10月も半ばだというのに、明け方でも暑い。
 そのうえ寝不足で頭痛がひどく、通り過ぎる自動車のライトに目がくらむ。今すぐにでも瞼が落ちてしまいそうだ。
 「家が、遠い・・・」
 玲二は呟いた。実際の距離はそこまでない。ただ、荷物はいつもより重いし、若干の坂道が負担を増している。
 帰れるか不安になった。

 暗い帰り道、歩いても歩いても進んでいるかわからない。街頭が無機質な光を放って、俯いた様に立っている。1,2,3,4・・・これで何本目か。
 やっと公園まで来た。ここまでくればもう少し。ほっと息を抜くと、体も一気に重くなる。ふらついて、ベンチに倒れるように座った。
 動く気になれず、ベンチに座りなおした。気を抜くと寝てしまいそうで、目をこする。ずれた眼鏡を直して上を向くと、星がきれいに出ていた。そして気が付いたのは。
 “ここは、いつもあいつが座っているベンチじゃないか。”
 そういえばこの前やったケーキは食ったのか。野菜は・・・まあ食べていないだろう。それにしても、あの自分勝手はどうにかならないのか・・・そんな事ばかり浮かぶ。
 星がどんどん消えていく感覚がした。

「・・・いじ。・・・・・・おーぃ・・・れい・・・・・」

 ふと目を覚ました。いつの間にか寝ていたようだ。しかしそこは公園のベンチの上ではない。柔らかいベッドの上だった。
 “ここは何処だ、俺の部屋じゃないが・・・”
 のそりと起き上がると、声がした。
「お、玲二起きた?外で寝ちゃうとか、らしくないね。」
「う、ん・・・?お前の部屋か。」
 東本 真梨香がタバコをくわえて微笑んでいる。今はちょうど紅茶を淹れたところのようで、白いマグカップを持ってやってきた。
「今は何時だ。」
「んー?夜の10時。玲二、一日中寝てたよ。でもビックリしたよ、ちょっと早朝の散歩にと思って公園に出たら玲二が外で・・・ふははっ。どうしたの、徹夜?」
「ああ。」
 真梨香の話は適当に聞き流していたが、声を出して頭がスッキリすると、彼女への小言が口を衝く。
「そういえばお前、薬は飲んでいるんだろうな。この前やったケーキは食ったのか?野菜は?そもそも晩御飯は食べたのか。それよりタバコをやめろ。」
「あーもう五月蝿い!寝起きから説教?」
 男の大声も頭に響くが、女性の声はさらにきつい。頭痛で何も言う気が起きなかった。
「はぁ・・・分かったもういい。世話をかけたな、帰る。」
 帰って寝直そうと思い、立ち上がるがすぐにフラフラと座り込んでしまう。
「おお、危ないよ玲二。もうちょっと休んで行けば?」
「そういう訳にはいかな・・・」
     ぐー・・・
 低く響く音は、玲二の腹からしたようだ。
「ご飯、食べてないの?」
「どうかな。忙しすぎて覚えてない。」
「マジ?あはは、寝ず食わずじゃあぶっ倒れるよ。しかし、これで玲二も私にちゃんと食べろって言えないな。」
「・・・病人は別だ。」
「そうくるか。」
 真梨香はカップをテーブルに置き、もうひとつ紅茶を入れる準備をした。
「これからケーキ食べるんだ。この前もらったのではまっちゃってさ。玲二も食べる?」
「いらん。甘いものは嫌いだ。」
「知ってる。選べなくて二個買っちゃったんだ、半分こしよ。本当は新菜と食べるんだったんだけど、今日来てくれなくて・・・」
 “人の話を聞いてないのか、こいつは。”
 ティーパックを入れたままの紅茶を置いて、真梨香が起こしにくる。彼女に助けられて、椅子に座った。

 彼女の体は驚くほど細くて、少しでも頼ったら崩れてしまいそうだ。
 しかし、今は自分よりも死に近いはずの彼女に頼らなければ、歩くこともできない。
   それは酷く可笑しい事に思えた。

 嫌々ながらケーキを食べて、放置したせいで少し苦くなった紅茶を飲む。
 空きっ腹に甘いケーキは重すぎたようで、吐き気がした。
「気持ち悪い・・・」
「あはは、玲二今面白い顔してるよ?充血と隈ひどいし、顔が青白い。しかも眼鏡ゆがんでる。」
「あ、」
 言われてみると、眼鏡の右側が上がっていて元に戻らない。
「外すくらいの気は利かせられなかったのか。」
「すみませんね、気が利かなくて。」
 真梨香はテーブルに肘をついて、ニヤニヤと笑っている。
「わざとだろう・・・・・・おまえ、ケーキ好きか?」
 おいしそうに食べる真梨香を見て玲二は聞いた。痩せ過ぎの彼女には、ハイカロリーな食べ物が必要だと思った。
「んー?今はね。どうして。」
「いや、やっぱりお前はもう少し肉を付けた方が・・・何でもない。」
 言いかけた言葉を飲み込む。真梨香の目が鋭くなり、前回の失敗を思い出したからだ。
「・・・腹に物も入れたし、そろそろ帰る。」
「もっとゆっくりしていいのに。」
「お前がそんな事言うなんて珍しいな。いつもは俺を煙たがっているのに。」
「弱ってる玲二を見てるの、面白いんだもん。」
「馬鹿が。・・・邪魔したな、ご馳走様。」
 部屋の隅に置かれた道具箱をとり、玄関まで歩く。

「じゃあね、玲二。ちゃんと寝て、ちゃんと食べるんだよ。」
「分かってる。お前にこんな事を言われるなんてな。」
「あはは、私も言ってて楽しい。玲二が小言魔になるのも分かる気がするよ。」
「別に楽しくて言っている訳じゃない。」
「じゃあ今度から言わなくていいよ。」
「そうはいかない。仕事だからな。」

 今日帰って寝たら朝が来て、夜眠りにつくと明日が来るだろう。彼女の死期はどんどん迫ってくる。いや、自分たちの方から近づいているのだ、
                     彼女の最期の日へ。


+α
 翌日
「そういえば、昨日俺を運んだのは誰だ?まさかお前じゃないだろう。」
 その翌日、玲二は昨日眠り込んだ公園に来ていた。
 薬を受け取り帰りかけた真梨香を呼び止めて聞く。
「え?あぁ、なんか偶然お隣さんのクラスメイトが通りかかってさ。」
「あんな夜中、というか明け方にか。」
「うん。お兄さんのお使いとか言ってたよ。まぁ実際運んだのは一緒にいたジャージのちっちゃい人なんだけど・・・ぶはっ・・・!」
 いきなり真梨香が噴き出して、腹を抱えて笑い出す。
「どうした。」
「い、いや、お姫様抱っこなのに、し、身長差が激しすぎて・・・あはははは!」
「?」

「ぶへっひょぉい!!」
「どしたの、要ぇ。くしゃみ変。」
「何でしょうね・・・風邪?」
「この前行った店の女の子がウワサしてんじゃね?モテモテだったじゃん。」
「まだ根に持ってんすか、レンさん。奢ったんだからチャラっしょ。」
「えー。」

Fin.